E-LIFE ヘルスケアラボ エビデンスでつなぐ、健やかなライフステージ
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構
第2回
予防・健康づくり領域の
社会実装に向けた
シンポジウム
~専門家・事業者・利用者が200名集結。
ヘルスケアサービスの未来を語る~

2023年3月1日、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(以下、AMED・エーメド)は「第2回予防・健康づくり領域の社会実装に向けたシンポジウム」を開催した。

本シンポジウムは、科学的なエビデンスに基づいたヘルスケアサービスが社会に広まることを目的としており、会場となった大手町サンケイプラザホールには、ヘルスケア領域の専門家、サービス提供者・利用者およそ200人が集まり、ヘルスケア分野における現在の課題や、今後の展望について、登壇者の発表に耳を傾けた。

予防・健康づくりがますます重要となる時代
開会にあたり、AMEDの三島良直が挨拶。
「本日は日本医学会会長の門田守人様をはじめ、数多くの専門家の皆様にご登壇いただきます。
それぞれの研究成果をいち早くお届けするために、シンポジウムを開催しました」

続く基調講演では一般社団法人日本医学会連合および日本医学会会長の門田守人氏が登壇。日本の医療における予防・健康づくりの必要性について基調講演を行なった。

冒頭、門田氏は「医療における三つの目の視点」について言及。
「医療には三つの視点が大切だと言われています。

スペイン風邪や新型コロナウイルスなどの病気の時流、つまり流れを読む『魚の目』。
それぞれの病気の専門性を高める『虫の目』、現在の医療や病気の状況全体を俯瞰的に眺める『鳥の目』。
それに加え、今後は未来を見る『時の目』が必要になってくると思います」と話し、門田氏は例として、日本における乳がんの死亡率の高さや、加齢に伴って心身が衰える状態(=フレイル)を挙げ、「少子高齢化が進む日本においては、これまで通りに病気を治療するだけでなく、もっと前の段階で、病気を防いでいかなければなりません」と課題に言及した。

その後のセッション1では「予防・健康づくりにおけるヘルスケアサービスの未来~心の健康領域におけるデジタルサービスを事例として~」をテーマに、経済産業省商務・サービスグループヘルスケア産業課課長補佐の小山智也氏が登壇。

昨今、注目を集めているヘルスケアアプリのエビデンスの課題について言及。
「事業者からも『医療従事者が納得できるエビデンスを確保したい』『健康被害が起きないか心配』といった声があります。
今後、業界ガイドラインや学会による指針などの整備を支援していきたいと考えています」と問題提起した。

また、同セッションでマッキンゼー・アンド・カンパニー・ジャパン パートナーの酒井由紀子氏は「今後、予防におけるヘルスケアサービスが必要となってくる」と語り、「近年、日本では『ストレスチェック』が広がりを見せました。

海外ではこれらのほか、オンラインカウンセリングや生活を改善するアプリなど、一歩踏み込んだサービスが提供されています」と話すと、続けて酒井氏は世界各国におけるヘルスケアサービスの分布や、英国のデジタル睡眠改善プログラム「Sleepio」や米国の「Ginger.io」などの事例について紹介した。

また海外の先行事例として、「英国では、ヘルスケアアプリ向けに評価基準やフレームワークが整備されています。
フレームワークを整備することが、ヘルスケアアプリの質の担保だけではなく、医療機器開発への橋渡しにも役立つと考えているのです」と紹介した。

エビデンス対応が急がれる
セッション後はヘルスケアサービスのエビデンスをいかに構築するか、有識者によるパネルディスカッションが行われた。


[登壇者コメント]

■榎原毅氏(産業医科大学 産業生態科学研究所 人間工学研究室 教授)

「さまざまなステークホルダーにおいて、必要なガイドラインを整備する際、単一の学会ではなく、複数の学会が参画する必要があると考えています。いま、私たちもガイドラインづくりを進めています。関連団体が参加し、トレンドニュースのようなものも発信していこうと思っています」

■岡本泰昌氏(広島大学大学院医系科学研究科 教授)

「心の健康に関する臨床に30年ほど携わってきました。その中で、“うつ病の識別ができるとされている”アプリを網羅的に調べました。結果、単一の指標でつくられているものは、識別結果が著しくないように感じました。アカデミアとして、スピード感を持ってエビデンスを出すことが必要だと思っています」

■村中誠司氏(大阪大学大学院 人間科学研究科 助教)

「メンタルヘルスを解決しようとしているアプリはたくさんあります。一方、健康に悩む使用者が一度アプリを使った際『自分に合わない』と感じたら、次のアプリを探さないという傾向があります。運悪く、質の悪いサービスに当たってしまった場合も、同様に感じてしまうのが課題です。自分に合うものを探すことができる仕組みづくりも大切だと思います」

■荒木郁乃氏(積水化学工業株式会社人事部厚生・健康支援グループ健康推進室長)

「アプリの使い手として、お話しさせていただきます。さまざまな企業から『このアプリを使ってみませんか』というご提案をいただきます。ところが、興味を持ってサイトを見てみても、効果測定が行われていない、もしくは、行っていても数名など、エビデンスが弱いものがほとんどです。エビデンスを担保していただくか、信頼に値するものなのかわかるようにしていただけると選びやすいです」

■鳥越慎二氏(株式会社アドバンテッジ リスク マネジメント 代表取締役社長)

「当社は『ウェルビーイングを高める』ことをビジョンに、サービスを提供しています。エビデンスの考え方として、ストレスチェックのほか、アンケート、勤怠データ、休職者・復職者関連データなど、さまざまなデータをもとに個人と組織のパフォーマンス向上を目指しています。今後、研究機関に期待することは、指針が世に送り出されて以降も、その指針やそれに基づいた商品が本当に世の中の役に立っているのか……など、その後の効果検証に協力いただければうれしく思います」

理想のエビデンスについて、それぞれの立場から
セッション2のテーマは「予防・健康づくり領域のヘルスケアサービスの社会実装に向けて~アカデミア、事業者、利用者等、ステークホルダー間での共創~」。アカデミアからは各者が進めているエビデンス作成や研究、事業者や利用者からは期待する指針について発表がなされた。

まず、舞台に上がったのは、京都大学大学院 医学研究科 社会健康医学系専攻 教授の中山健夫氏。基調講演で、まずは自身が推進しているヘルスケア社会実装基盤整備事業について解説。

「2022年はエビデンス整理の指針作成、エビデンス構築基盤となる研究法開発を進めました」
中山氏は「ヘルスケアの先に何があるのか」を考えることが重要であると強調し、「健康を入口に、人々が幸せや大切なことを考え直すきっかけになればと思います」と話した。

「今回の指針は『健康』という言葉に定義を拡大しました。指針は本来、医療者のためだけのガイドラインではなく、日々、生活をしている人を対象としている人に役に立ってもらうためのものだからです」

続いて、福岡大学 医学部 衛生・公衆衛生学 教授の有馬久富氏が登壇。デジタル技術を活用して高血圧を予防する指針の研究・開発について「できあがった指針は、様々な方法で情報発信して普及させていく 予定です。日本という国から、斬新なデジタル技術が発信されるようになればと思っています」と紹介。

大阪大学大学院 医学系研究科 社会医学講座 特任准教授の野口緑氏は「生活習慣病の疑いがある対象者に対して、行動変容を促しても、これまでの手法では病院受診につながったのは4〜5割程度でした」、「危機感をあおったり、特定の生活習慣の改善を促したりしても、自分ごととして捉えてくれる人は少数でした。そこで今回の研究では、どのようにしたら行動変容を促せるのかの質的指標など、効果のある介入方法を開発していく予定です」と語った。

キリンホールディングス株式会社ヘルスサイエンス事業本部の長谷川幸司氏は「事業者の立場からの指針への期待」を発表した。「『日本人は塩分をとりすぎ』とよく言われていますが、減塩ができる人は少数です。そこで、当社では少量の塩分で、本来より塩味を強く感じられるカトラリーを開発しました」。このようなこれまでにないヘルスケアサービスを開発する際、エビデンスを取得するのには苦労すると言います。「エビデンスを取得している間に市場が変化し、商品を出すころには売れなくなる可能性があります。適切で利用しやすい指針や評価尺度があれば、日本に新たなヘルスケアサービスがもっと生まれると思います」事業者としての難しさと本事業への期待について言及した。

神戸市企画調整局医療・新産業本部 科学技術担当部長の西川尚斗氏は「市民福祉を目的として神戸市が行っている『神戸ヘルス・ラボ』では、科学的エビデンス取得のための実証試験のサポートをしています。」と独自の活動を紹介した。

「自治体の政策という観点から見ても、ヘルスケアの領域はとても重要です。本シンポジウムや、その議論を経て指針が完成すれば、地域の取り組みもさらに進むのではと思います」

日本医療機能評価機構(Minds)執行理事の福岡敏雄氏は「診療ガイドラインの普及実績から見た、指針等の普及戦略」について提言。「喘息は過去40年間で、死亡率が劇的に減っています。新しい治療法やその指針を、細部まで行き渡らすことができた成果でしょう」と話し、信頼される診療ガイドライン・指針をつくるためには、透明性、中立性、厳密さ、そして効果を実証する仕組みづくりが必要だと強調した。

その後、セッション2の登壇者により、パネルディスカッションが行われ、テーマは「ヘルスケア社会実装基盤整備事業の研究成果の社会への早期還元に向けて」。

[登壇者コメント]

■有馬久富氏(福岡大学 医学部 衛生・公衆衛生学 教授)

「みなさまに信頼される指針をつくっていきたいです。ただ、エビデンスに関して時間がかかりすぎるのも、企業の商品・サービス開発を阻害してしまうとわかりました。バランスをとっていく必要がありますね」

■野口緑氏(大阪大学大学院 医学系研究科 社会医学講座 特任准教授)

「エビデンスを準備する際、効果検証は必要ですし、調査数を一定数確保するのも欠かせません。どうしても時間がかかってしまうこと、さまざまな団体の協力が必要なのが今後の課題ですね」

■長谷川幸司氏(キリンホールディングス株式会社ヘルスサイエンス事業本部)

「まずは社会実装を行ってみて、お客様の反応を早い段階で確認しながら、エビデンス取得や改良をアジャイルに進めていくことも重要と考えています。学術、事業者、利用者それぞれによい塩梅での指針づくりを行うとともに、エビデンスの取得の基準などを相談できる窓口があるとよいと思います」

■西川尚斗氏(神戸市企画調整局 医療・新産業本部 科学技術担当部長)

「神戸市の市民の方から集めたデータをどう利用するかなど、自治体の市民福祉や制度を多くの人々に理解していただける発信や工夫が必要だと思っています」

■福岡敏雄氏(日本医療機能評価機構 執行理事)

「指針は手元に届いてようやく役に立ちます。今後は、100%完成した指針だけでなく、すばやく提供し、ひとまず“試す”ことができるようなものも求められてくるかもしれません。もちろん、それによって大きな副作用を負うことはできないので、注意事項は併記しておくなど、柔軟性は必要ですね」

パネルディスカッション後には、会場からの大きな拍手でシンポジウムは締めくくられ、最後には、経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 課長の橋本泰輔氏が登壇し、シンポジウムを統括。その後は参加者同士の情報交換を図ることを目的に、アカデミア、サービス提供者、サービス利用者、本事業におけるステークホルダーの皆様とのネットワーキング・交流会も行われ、「第2回予防・健康づくり領域の社会実装に向けたシンポジウム」は熱を帯びたまま終了した。

【ヘルスケア社会実装基盤整備事業についての事業背景】
国内におけるヘルスケアサービス*は、診断や治療を扱う医療の製品・サービスと比較して、科学的なエビデンスに基づいて提供・利用するためのエビデンス構築状況やサービス開発・普及のための制度が未成熟です。(*公的医療保険制度によるものを除く)
ヘルスケア産業による製品・サービスこのため、サービス提供者にとっては、どのような評価方法(評価指標など)や研究デザインでサービスのエビデンスを構築すれば良いか、サービス利用者にとっては、ヘルスケアサービスをどういう基準で選択すれば良いか、といった点で判断に迷うことがあります。これらは、ヘルスケアサービスの社会実装を進めるために大きな課題となっています。

そこで、予防・健康づくりのためのヘルスケアサービスについて、科学的なエビデンスに基づいた社会実装を促進するために、AMEDは、「予防・健康づくりの社会実装に向けた研究開発基盤整備事業(ヘルスケア社会実装基盤整備事業)」を令和4年度に開始しました。この基盤整備を通じて、ヘルスケアサービスの社会実装、そして一人一人のウェルビーイングや健康長寿社会づくりを推進します。また、本事業は、アカデミア、サービス提供者、サービス利用者などと連携して、共に成果創出を進めてまいります。


【国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED・エーメド)について】
AMED(エーメド)は、医療分野の研究開発およびその環境整備の中核的な役割を担う機関として、2015年(平成27年)4月に設立された。基礎から実用化までの一貫した医療研究開発の推進と、その成果の円滑な実用化を図るとともに、研究開発環境の整備を総合的かつ効果的に行うための様々な取組を行う国立研究開発法人。