日本高血圧学会の主導で作る
「デジタル技術を活用した
血圧管理に関する指針」とは
AMED・日本高血圧学会 合同シンポジウム
「デジタル技術は血圧を低下させるか?」レポート
2024年10月13~15日にかけて福岡国際会議場で開催された第46回日本高血圧学会総会。13日には日本医療研究開発機構(AMED)と日本高血圧学会合同のシンポジウム「デジタル技術は血圧を低下させるか?」が行われた。
AMEDが経済産業省と連携し、2022年度から開始した「ヘルスケア社会実装基盤整備事業」では、医学会が主導する形で、予防・健康づくりに関するエビデンスを整理した指針の策定が進んでいる。今回のシンポジウムは、日本高血圧学会が中心となって取りまとめた、「デジタル技術を活用した血圧管理に関する指針」について報告するもの。会場からは質問が次々に投げ掛けられ、活発な議論が繰り広げられた。
本シンポジウムの座長は、高血圧学会による指針の研究開発代表者である福岡大学衛生・公衆衛生学の有馬久富氏と、琉球大学グローバル教育支援機構保健管理部門の崎間敦氏が務めた。前段で指針の作成経緯についてAMEDや経済産業省から説明があった後、指針策定の分担研究を担ったチームリーダーによる報告が行われ、その後のディスカッションへと続いた。
AMEDが進める指針の公開と普及に向けた取り組み
最初に登壇したのは、AMED医療機器・ヘルスケア事業部ヘルスケア研究開発課の阿野泰久氏。近年、予防・健康づくりへの関心が高まり、デジタル技術の普及とともにヘルスケアアプリなどのサービスが増加している。だが、治療や診断に関わる医療製品に比べ、科学的エビデンスに基づくヘルスケア関連の製品・サービスはまだ少ない状況にある。そのため、「サービス事業者は開発時にどのようなエビデンスを取得すべきかわからず、利用者もサービス選択時にどのようなエビデンスを参照すべきかわからないという課題がある」と阿野氏。そこでAMEDでは、ヘルスケアサービスの信頼性確保に向けて、予防・健康づくりのエビデンス構築を支援する「ヘルスケア社会実装基盤整備事業」を2022年度に開始したことを説明した。
同事業では予防・健康づくりに関する指針を医学会主導で策定するほか、サービスの多面的な価値を評価する方法や研究デザインの開発を推進している。
医学会の指針策定に当たっては、ヘルスケア課題の主な介入方法について、世界各国の研究結果を収集。質が高いと判断された研究をもとに推奨度を示す形式を採用しているという。例えば、高血圧の領域では「ヘルスケアアプリを用いた血圧管理は成人の血圧低下に効果があるか?」という「ヘルスケアクエスチョン」を設定し、エビデンスを精査して推奨度を5段階で評価している。
デジタル技術を活用した介入法が指針の中心となっているが、阿野氏によると、比較的新しい技術が多いため、「エビデンス不十分のため推奨を保留」となるケースも少なくない。「推奨保留」と判断された項目について阿野氏は、「サービス事業者がエビデンスを蓄積していけるよう、AMEDとして研究を支援していきたい」との意向を示した。
現在、一次予防として高血圧、糖尿病、慢性腎臓病など7つの疾患領域、二次・三次予防として脂肪肝関連疾患など3つの健康課題を対象にした指針の作成が進んでおり、2024年度中に一次予防領域の7指針を公開する予定。「AMEDでは今後、指針の普及促進に向けて、解説動画の作成や各地での勉強会開催などの環境整備を図りたい」と阿野氏は述べ、発表を締めくくった。
経産省、アカデミアと業界の連携強化でヘルスケアサービスの品質向上を目指す
次に登壇した経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課の室紗貴氏は、経産省が目指す質の高いヘルスケアサービスの創出・振興に関する取り組みを説明した。経産省は、AMEDの「ヘルスケア社会実装基盤整備事業」を通じて、アカデミアが医学的エビデンスを整理し指針を策定する活動を支援している。同時に、事業者団体による適切なサービス提供に向けた業界自主ガイドラインの策定も後押しする。これらを組み合わせることで、エビデンス有するヘルスケアサービスが市場から選ばれるような産業育成を後押ししてく方針だ。
室氏によれば、業界自主ガイドラインには、サービス提供体制、適切な情報管理、広告表示のあり方など、品質を担保するための項目を明示する予定である。また、「現在進行中の医学会による指針を基に、エビデンスの可視化や効果検証の方法を提示し、客観性を強化したい」と述べた。
2024年度末には、エビデンス整理の一定の成果が期待されている。これを受け、「経産省は実用化を視野に入れたサービス開発をさらに強化するため、新たに『予防・健康づくりの社会実装加速化事業』を立ち上げる」と室氏。医学会が策定した指針の管理・更新、指針の適切な活用に向けた体制整備、アカデミアの人材とサービス事業者のマッチングといった取り組みを進めていく方針だという。
デジタル技術による血圧管理指針の草案発表
続いて、本シンポジウムの座長を務める有馬氏が、ヘルスケア社会実装基盤整備事業の一環として、日本高血圧学会が中心となって取りまとめた「デジタル技術を活用した血圧管理に関する指針」の草案について説明した。
日本では脳心血管病で亡くなる人の多くが高血圧を患っており、血圧を下げることが病気の予防につながるエビデンスがある。しかし、高血圧患者約4300万人のうち、約3100万人が血圧を適切に管理できていないのが現状である。有馬氏は、「生産人口が減少し、限られたリソースでこのエビデンスプラクティスギャップを埋めるためには、デジタル技術が重要なツールとなるのではないか」と考えたという。ただし、デジタル技術を活用した血圧低下作用に関するアプリなどには、医療機器としてエビデンスが認められたものもあれば、エビデンスがないまま発売されているものも存在している。
そこで、「デジタル技術を活用した血圧管理に関する指針」の作成に向け、「デジタル技術は血圧を低下させるか?」というテーマのもと、自動血圧計やウェアラブルデバイス、スマホアプリなどのデジタル技術を使った血圧管理について6つのヘルスケアクエスチョンを設定。ヘルスケアクエスチョンごとに最近の研究の文献レビュー(システマティックレビュー)やメタ解析(複数の研究のデータを集めて分析する手法)を行って推奨度を定めた。これらの作業には総勢60人近い医師が参加して、文献の検出、結果の解析・検証を進めたという。
「この指針を活用することで、ヘルスケアサービスの利用者、事業者、医療従事者らが正しい選択をできるようになり、それが国民の健康増進につながると期待している」と有馬氏。指針では、『フューチャーリサーチクエスチョン』として、現在は明らかになっていない将来の研究課題も示していることから、「サービス事業者にはぜひ開発のヒントとして役立ててもらいたい」と述べた。指針は2024年10月からパブリックコメントを募集し、2025年3月までに公開する予定だ。
6項目のヘルスケアクエスチョンと推奨文案を発表
後段は、6つのヘルスケアクエスチョンについて、各チームリーダーがメタ解析の結果や推奨文(案)を発表した。
●ヘルスケアクエスチョン①
カフ(腕帯)式血圧計を用いた家庭での血圧自己測定(家庭血圧測定)による介入は、成人の血圧低下に効果があるか?
東北医科薬科大学 衛生学・公衆衛生学教室の佐藤倫広氏は、ヘルスケアクエスチョン①「カフ(腕帯)式血圧計を用いた家庭での血圧自己測定(家庭血圧測定)による介入は、成人の血圧低下に効果があるか?」を検証した内容を説明した。血圧値の変化を指標とし、カフ式血圧計を用いた家庭血圧測定による介入と、家庭血圧測定を実施していない標準的ヘルスケアを比較したランダム化比較試験65件が文献検索で抽出された。
メタ解析の結果、家庭血圧測定による介入の血圧値は、標準的ヘルスケアに比べて有意な血圧低下を認めた。なお、「この効果は、医療従事者によるサポートや遠隔管理(テレモニタリング)がある場合により顕著であった」と佐藤氏。推奨文(案)は下記の通りとなった。
ヘルスケアクエスチョン①の推奨文(案)
成人において、上腕カフ式血圧計を用いた家庭での血圧自己測定(家庭血圧測定)による介入(特に遠隔管理・医療従事者介入を伴うもの)を強く推奨する。
●ヘルスケアクエスチョン②
さまざまなウェアラブルデバイスによる介入は、成人の血圧に有意な効果をもたらすか?
次に登壇した札幌医科大学 公衆衛生学の小山雅之氏は、ヘルスケアクエスチョン②「さまざまなウェアラブルデバイスによる介入は、成人の血圧に有意な効果をもたらすか?」について発表した。
今回のウェアラブルデバイスの定義は、デバイスに埋め込まれたセンサーから直接生体情報を計測するだけでなく、心拍数、脈拍数、睡眠時間、活動量、立位・座位時間、歩数などを監視・追跡し、行動変容を促すためのフィードバックを表示することで利用者の血圧管理に対する意識を高め、ライフスタイルの持続的な改善を促すものとした。スマートウォッチやスマートリングなどの電子機器を対象とし、スマートフォンはウェアしていないと考え除外している。
収縮期・拡張期血圧の変化をアウトカムとし、ウェアラブルデバイスの装着と未装着の標準治療を比較したランダム化比較試験の文献を21件抽出してメタ解析を行ったところ、介入期間が12週・24週・48週のいずれにおいても、収縮期・拡張期血圧値に有意な差は認められなかった。佐藤氏は「副次的に解析した体重、空腹時血糖、HbA1cの変化でも有意差は認められなかった。ある報告では、ウェアラブルデバイスの効果を最大化するには、直接的な介入だけでなく、スマートフォンのアプリなどを組み合わせた間接的な介入も必要であることが示唆されている」と結果を説明した。推奨文(案)は下記の通り。
ヘルスケアクエスチョン②の推奨文(案)
成人へのさまざまなウェアラブルデバイスによる介入のエビデンスは不十分なため、推奨を保留する。
●ヘルスケアクエスチョン③
AIを使用した高血圧管理もしくは診察は、AIを使用しない通常管理もしくは診察と比較して有効か?
福岡大学 衛生公衆衛生学の前田俊樹氏は、ヘルスケアクエスチョン③「AIを使用した高血圧管理もしくは診察は、AIを使用しない通常管理もしくは診察と比較して有効か?」を発表した。成人を対象にAIを使用した高血圧管理や診察に関する研究論文を検索したところ、最終的にランダム化比較試験2件、観察研究3件を抽出した。
ランダム化比較試験を統合したメタ解析の結果、AI使用群は不使用の対照群と比較して収縮期血圧が2.13mmHg、拡張期血圧は1.03mmHg低下したが、統計学的に有意な血圧低下は認められなかった。一方で、ランダム化比較試験の介入群および観察研究の結果を統合したメタ解析では、AI使用群で有意な血圧低下が認められたものの、「観察研究は対照群と比較しておらず、解釈には注意が必要」と前田氏。文献数も限られたため、推奨文(案)は下記の通りとなった。
ヘルスケアクエスチョン③の推奨文(案)
成人におけるAIを使用した診療支援・保健指導支援を用いた血圧管理に関するエビデンスは不十分なため、推奨を保留する。
●ヘルスケアクエスチョン④
スマートフォンアプリによる介入は、一般成人において血圧を低下させるか?
続いて、福岡大学 衛生・公衆衛生学の阿部真紀子氏が発表したのは、ヘルスケアクエスチョン④「スマートフォンアプリによる介入は、一般成人において血圧を低下させるか?」。この項目の背景として阿部氏は、新型コロナウイルス流行期にデジタル技術を用いたヘルスケアサービスが急速に普及し、遠隔医療や個人の健康管理を支える重要なツールになったものの、有効性が検証されていないにかかわらず効果を謳う健康アプリが多く出回っていることを挙げた。
今回の文献検索では、成人を対象にしたスマートフォンアプリによる介入の血圧に対する有用性を検討したランダム化比較試験と観察研究を76件抽出して、メタ解析を実施。その結果スマートフォンアプリを使った血圧管理では、6カ月後の診察室収縮期血圧が平均2.76mmHg低下することが確認された。ただし、高血圧患者の6カ月後の血圧低下は認められたものの、12ヵ月以降の効果は実証されなかった。
また、スマートフォンアプリの機能別の検討では、血圧計とワイヤレス接続できるアプリでは、正確なデータを記録できるため、降圧効果が大きい傾向が見られた。
以上より、推奨文(案)は下記の通りとなった。
ヘルスケアクエスチョン④の推奨文(案)
成人において、血圧管理を目的としたスマートフォンアプリによる介入を弱く推奨する(提案する)。ただし、長期間(6ヵ月以降)の効果に関するエビデンスは不十分である。
●ヘルスケアクエスチョン⑤
尿中ナトリウム/カリウム比または食事/尿中ナトリウム濃度測定デバイスを用いた介入は血圧を低下させるか?
岡山大学 公衆衛生学の久松隆史氏は、ヘルスケアクエスチョン⑤「尿中ナトリウム/カリウム比または食事/尿中ナトリウム濃度測定デバイスを用いた介入は血圧を低下させるか?」を説明した。
近年、尿中ナトリウム/カリウム比や尿中ナトリウム濃度を測定するデバイスが開発され保健指導で使われるようになりつつある。ただし、「これらを用いた血圧管理の効果が研究されているものの、システマティックレビューやメタ分析まで実施した研究は少ない」と久松氏。
今回の文献検索では、成人を対象とし、尿中ナトリウム/カリウム比または食事/尿中ナトリウム濃度を測定するデバイスを活用して健康管理・食事指導・臨床研究を行い、血圧値・尿中ナトリウム/カリウム比・食塩摂取量・カリウム摂取量の変化について、介入を行わない群と比較したランダム化比較試験が8件抽出された。メタ解析の結果、収縮期血圧や尿中ナトリウム/カリウム比、食塩摂取量で有意な低下が示された。
「収縮期血圧への効果は2ヵ月以上の長期の介入研究で強く、デバイスの使用に教育プログラムが付加された介入でも強くなっていた。ただし、文献数が8件と少なく、研究間の異質性(ばらつき)が高いため、さらなるエビデンスの蓄積が必要だと考える」と久松氏。以上より、推奨文(案)は下記の通りとなった。
ヘルスケアクエスチョン⑤の推奨文(案)
成人において、尿中ナトリウム/カリウム比または食事/尿中ナトリウム濃度測定デバイスを用いた介入(特に教育プログラムと併用するもの)を弱く推奨する(提案する)。
●ヘルスケアクエスチョン⑥
スマートフォンアプリやショートメッセージなどのデジタル技術を活用した遠隔医療・保健指導は、成人の血圧に有益な効果をもたらすか?
最後に登壇したのは座長を務めた、琉球大学 グローバル教育支援機構保健管理部門の崎間敦氏。ヘルスケアクエスチョン⑥「スマートフォンアプリやショートメッセージなどのデジタル技術を活用した遠隔医療・保健指導は、成人の血圧に有益な効果をもたらすか?」を説明した。
今回の文献検索では、成人を対象に、スマートフォンアプリやショートメッセージサービスなどのデジタル技術を活用した遠隔医療・保健指導群(多くは対面での診療と併用)と、標準的なヘルスケア群の血圧変化を比較したランダム化比較試験の論文117件を抽出してメタ解析を実施。すると、デジタル技術を活用した遠隔医療・保健指導における介入3カ月後の診察室収縮期血圧は3.21mmHg有意に低下。介入期間を3カ月、6カ月、12カ月、12カ月以上で解析しても、血圧量変化は同等だった。介入様式別(スマートフォンアプリ、テキストメッセージ、ウェブ)や研究実施施設タイプ別(医療施設、非医療施設)でも、デジタル技術を活用した遠隔医療・保健指導介入による降圧効果は有意だった。
ただし、「研究間で異質性の高さが認められ、介入群の多くが対面診療とデジタル技術導入のハイブリッド型だったことや、長期介入の効果のエビデンスが乏しかったことが課題であり、検討を要する」と崎間氏。最終的に推奨文(案)を下記の通りまとめた。
ヘルスケアクエスチョン⑥の推奨文(案)
成人において、血圧管理のためのスマートフォンアプリやショートメッセージなどのデジタル技術を活用した遠隔医療・保健指導を弱く推奨する(提案する)。
これらの発表を受け、会場から質問が次々と投げ掛けられた。ヘルスケアクエスチョン①の家庭血圧測定の介入については「“強く推奨する”のは高血圧患者に対してか、それとも成人全般なのか」との問いがあり、佐藤氏は「推奨は成人全般が対象だが、エビデンスを正確に捉えるなら高血圧患者に効果が高いと考える」と答えた。ヘルスケアクエスチョン③のAIを使用した高血圧管理の項目では、「AIからのフィードバックに倫理的な問題はなかったか」と問われ、前田氏は「倫理委員会の審査は経ている。倫理的な問題には気づかなかった」と回答。ヘルスケアクエスチョン⑤の尿中ナトリウム/カリウム比では「デバイスを使った測定の頻度は?」との質問に、久松氏は「研究では基本的に毎日測定するという指示」と答えるなど活発な議論となった。