デジタルヘルス普及のカギを握る
予防・健康づくりの「指針」とは?

【日経クロステックNEXT 東京 2024】
基調講演レポート

2024年10月10日~11日に東京国際フォーラムで開催された技術×テクノロジーの総合展「日経クロステックNEXT 東京 2024」(主催:日経BP)では、11日に基調講演「ヘルスケアサービス事業者、利用者必見!デジタルヘルス普及の鍵を握るのは〇〇だ」が行われた。講演では、AMEDが医学会主導で進める予防・健康づくりに関する指針の策定をテーマに、活発な議論が交わされた。

講演には、次の3名が登壇した。

  • 国際医療福祉大学 大学院医学研究科循環器内科・福岡薬学部 教授 岸 拓弥 氏
  • 経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 課長補佐 小栁 勇太 氏
  • 日本医療研究開発機構(AMED) 医療機器・ヘルスケア事業部 主幹 阿野 泰久 氏

「人生100年時代」を迎え、健康増進への関心が高まる中、デジタル技術を活用したヘルスケアサービスが次々と登場している。しかし、その質や信頼性にはばらつきがあり、玉石混交の状況が広がっている。

この状況の背景について、まずは経済産業省の小栁氏が説明した。「医薬品の分野では、薬機法に基づき、開発から承認、保険収載までの一連の流れが確立されていますが、予防・健康づくりのヘルスケアサービスについてはそのような流れがありません」と小柳氏。「民間主導でエビデンス構築が進みにくく、オーソライズの仕組みが制度化されていない中で、質を担保して全体のボトムアップを図ることが重要です」と続けた。

経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 課長補佐の小栁勇太氏

そこで経産省は予防・健康づくりにおけるヘルスケアサービスの信頼性確保を目指し、AMEDが2022年度から進める「予防・健康づくりの社会実装に向けた研究開発基盤整備事業」を通じて、エビデンス整理やエビデンス構築の支援を行っている。この取り組みの詳細については、AMEDの阿野氏が紹介した。

ヘルスケア社会実装基盤整備事業における指針策定と実装支援

予防・健康づくりの社会実装に向けた研究開発基盤整備事業では、「行動変容介入のエビデンス構築」、「医学会によるエビデンス整理と指針策定」、「指針等を踏まえたソリューション開発」という3つのステップで、研究開発を支援している。その中の取り組みの1つであるヘルスケア社会実装基盤整備事業で行う、医学会によるエビデンス整理と指針策定は、予防・健康づくりに関連する疾患分野の医学会が、文献レビューを通じてヘルスケアサービスにおける非薬物的介入方法の科学的エビデンスを整理し、それぞれの介入方法に対する推奨度を示すというもの。現在、一次予防として高血圧、糖尿病、慢性腎臓病など7つの疾患領域、二次・三次予防として脂肪肝関連疾患など3つの健康課題を対象に指針作成が進められており、2024年度中に一次予防領域の7つの指針が公表される予定となっている。

阿野氏は「この指針は診療ガイドラインとは異なり、サービス開発者や健康経営企業、自治体も主な対象にしています」と説明し、その内容を詳しく解説した。

「指針は、個別のサービスを評価するものではなく、行動変容に関わるヘルスケアアプローチのエビデンスを整理したもので、特にデジタル技術を中心にまとめています。研究班ごとに設定されたヘルスケアクエスチョンに基づいて、例えば、ヘルスケアアプリを用いた血圧管理が成人の血圧低下に有効かどうかといった具体的な質問に対するエビデンスを整理し、学会としてそのアプローチが推奨できるかどうかを評価しています」

推奨のグレードについては、「行うことを強く推奨」「行うことを提案」「行わないことを提案」「行わないことを強く推奨」「エビデンス不十分のため推奨・提案を保留」の5段階に分けて評価している。予防・健康づくりの領域では、強く推奨することは難しい面があり、提案や推奨保留のケースが多くなっている。

AMEDでは今後、7疾患領域の1次予防に関する指針が完成した際には、事業ポータルサイトに掲載するとともに、解説動画を作成するなどして、利用しやすい形で提供していく予定であることを報告した。

AMED 医療機器・ヘルスケア事業部 主幹の阿野泰久氏

アカデミアが指針作成に込めた思い

ここでモデレーターを務める日経BP総合研究所リサーチユニット部長の庄子育子氏から、今回のセッションのタイトルにある、「デジタルヘルス普及の鍵を握るのは〇〇だ」の〇〇に入る2文字は「指針」であることが明かされた。

では、アカデミアはどんな思いで指針の策定に当たり、どのようにまとめているのか。これについては、実際に高血圧に関する指針の分担執筆に携わった岸氏が詳細を語った。

「高血圧の予防において、デジタルツールや行動変容のアプローチは非常に重要ですが、その効果を示すエビデンスは必ずしも強固ではありません。そこで、私たちの指針では、デジタルヘルス技術をどのように活用し、効果的に血圧管理を促進できるかという視点から整理を行っています」

国際医療福祉大学大学院 医学研究科 循環器内科・福岡薬学部教授の岸 拓弥氏

その一例として、岸氏はヘルスケアクエスチョン「さまざまなウェアラブル機器による介入は、成人の血圧に有益な効果をもたらすか? 」で行った分析の実際を紹介した。文献レビューの結果、ウェアラブルデバイスの装着は標準治療に比べて有意な差は得られなかったことから、推奨度は「エビデンス不十分のため推奨保留」になったという。

ただし、これについて岸氏は、「デバイスを使用すること自体に悪影響があるわけではなく、学会としては今後どのような研究が必要か、具体的な方向性を示し、さらなる実証データの収集を推進していきたいと考えています」と述べた。

指針には「フューチャーリサーチクエスチョン」という項目が設けられており、エビデンスが不十分な場合には、今後どのような研究が必要かについて学会の提案を示している。ここには、ウェアラブルデバイスの介入効果を高めるために、フィードバック機能やゲーミフィケーションの要素を取り入れたアプローチについてさらなる検討が必要な旨が記載された。

フューチャーリサーチクエスチョンで未来志向の提案が加速

総合討議では、経産省の小栁氏が、アカデミアとしてフューチャーリサーチクエスチョンに込めた思いを岸氏に尋ねた。岸氏は、このアプローチが従来の診療ガイドラインではあまり取り上げられなかった未来志向の提案を可能にする新しい試みであるとし、「我々としては、こうしたことを書くチャンスがなかったので、非常にありがたい機会だった」と振り返った。そのうえで、「フューチャーリサーチクエスチョンには開発のヒントとなる要素も盛り込まれているため、サービス事業者の方にはぜひ参考にしていただきたい」と述べた。

これを受けて、阿野氏はAMEDが指針を事業者にとってより活用しやすいものにするため、今後工夫していく方針を示した。「疾患領域ごとに整理された指針を、例えば『運動』に関するエビデンスがどのように整理されているか、また『栄養』や『デジタル技術』に関連する情報を横断的に検索できる仕組みを整えたい」と述べた。

最後に、モデレーターの庄子氏は「来年の今頃、指針を見たことがある事業者が、指針に基づいて開発を進めているという状況が広がることを期待しています」と述べ、討議を締めくくった。