信頼できるヘルスケアサービスを
社会実装させるために必要なことは?

経済産業省×AMED×日本デジタルヘルス・アライアンス(JaDHA)
「ヘルスケアサービス開発の手引きとなる予防・健康づくりの
新たな『指針』紹介と今後の実装活動」レポート

2024年10月9日から11日にかけてパシフィコ横浜において開催された、「BioJapan / 再生医療JAPAN / healthTECH JAPAN 2024」。11日には、経済産業省、日本医療研究開発機構(AMED)、日本デジタルヘルス・アライアンス(JaDHA)の3者が登壇し、ヘルスケアサービス開発の手引きとなる予防・健康づくりの新たな「指針」と今後の実装について講演し、意見を交わした。

経産省が進める「予防・健康づくり」の取り組みとは?
――経産省・室氏

最初に登壇した経済産業省 商務・サービスグループヘルスケア産業課課長補佐の室紗貴氏は、日本が直面する課題として「人口減少と社会保障費用の増大」を挙げ、「予防・健康づくりの領域で何ができるかという取り組みを経済産業省で進めている」と発表を始めた。

予防・健康づくりにおける経産省の役割は、ヘルスケアサービスの振興、健康経営の推進、PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)などの環境整備である。これらを実現する担い手として、ヘルスケア産業にとどまらず幅広い生活関連産業を想定している。

取り組む施策は具体的に、

  1. 健康経営の推進
  2. PHRを活用した新たなサービスの創出
  3. 質の高いヘルスケアサービスの創出・振興
  4. 介護・認知症など地域課題への対応
  5. ヘルスケアベンチャー支援
  6. 医療・介護・ヘルスケアの国際展開

の6つ。これらを通じて、健康寿命の延伸とともに、公的保険外のヘルスケア・介護市場を2050年に77兆円規模、また日本企業が世界市場で獲得する医療機器市場を2050年に21兆円規模に拡大することを目指している。

今回のテーマである指針づくりは、この中の「③質の高いヘルスケアサービスの創出・振興」に関連している。

エビデンスのあるヘルスケアサービスが選ばれていない

室氏は、現状の課題として「健康意識の高まりによりサービス数は増えているが、一部の製品やサービスでは、適切な提供体制の整備やエビデンスの構築・検証が不十分で、適切な購買選択が阻害されている状況がある」と指摘。具体例として、遠隔健康医療相談において、相談対応者が相談者に対し不適切な発言を行うなど、管理や研修体制が不十分であった事例や、認知症リスク低減をうたうサプリメントが、エビデンスの裏付けなく販売され、景品表示法(消費者庁)に基づき措置命令が出された事例を挙げた。

経済産業省 商務・サービスグループヘルスケア産業課課長補佐 の室 紗貴氏

一方でサービス事業者からは、「エビデンスの重要性は認識しているが、構築には多くの時間と費用がかかり、その間に企業体力を維持するのが難しい」「若年層は口コミや広告の影響で購買を決定しており、健康被害の懸念がある」といった声も寄せられているという。

「エビデンスを構築しても購買選択に大きな影響を与えていない現状や、投資家からの反応が乏しいことが背景にあり、エビデンスのあるサービスが市場で選ばれにくい課題がある」と室氏。こうした課題の背景として、「医薬品による治療」と「行動変容による予防・健康づくり」の仕組みの違いがあると室氏は説明する。

「医薬品の場合、薬機法に基づきエビデンスが構築され、承認や診療ガイドラインで標準治療として推奨される一連の制度が整備されている。一方、予防・健康づくりの領域では民間主導でエビデンス構築が進みにくく、オーソライズの仕組みが制度化されていない」

そこで経産省では、エビデンスの構築を支援するため、事業者団体へのアプローチ、アカデミアへのアプローチという2つの軸で取り組みを進めている。

予防・健康づくりの社会実装を加速化する新たな事業の立ち上げ

事業者団体に対しては、業界として適切なサービスを提供できる環境整備を促進するため、自主ガイドラインとして整理すべき項目を示し、提供体制や広告表示のあり方、情報管理の適切性を具体的に提示する。

一方、アカデミアに対しては、医学会を通じ、非薬物的介入手法について科学的エビデンスを整理し、各手法の推奨度を示す「指針」の作成を支援する。

その狙いとして室氏は「医学会による指針でエビデンスを可視化し、効果検証方法を示すことで、業界全体のサービス品質を向上させる。また、事業者が業界の自主ガイドラインや医学会による指針を基にしたサービスの開発・提供を進めることで、質の担保されたサービスが普及し、普及後もリアルワールドデータを活用してさらなる質向上を図る好循環を目指す」と述べた。

指針は今年冬から順次公表される予定であり、経産省はその活用を促進する環境整備を進める方針だ。また、来年度には「予防・健康づくりの社会実装加速化事業(仮)」を新規に立ち上げ、指針を踏まえたソリューション開発の支援を強化するほか、アカデミア人材とのマッチング、実用化計画策定のための併走支援などの取り組みを推進する。

室氏は、「こうした取り組みを通じ、予防・健康づくり分野の社会実装を加速化していく」と締めくくった。

信頼性の高さだけでなく、利用者にもわかりやすい指針作りを目指す
――AMED・阿野氏

続いて登壇したのは、AMED 医療機器・ヘルスケア事業部ヘルスケア研究開発課主幹の阿野泰久氏。阿野氏は、「予防・健康づくりの領域において、エビデンスに基づいたサービス開発やサービス選択をできる環境が国内に整っていない課題がある。AMEDでは、サービス開発時に必要となるヘルスケアアプローチのエビデンスを、医学会を中心に整理し、成果物として指針をまとめる取り組みを進めている」と述べた。

指針は、各医学会が重要と考えて設定した「ヘルスケアクエスチョン」を元にエビデンス整理を進めている。例えば、高血圧の領域では、「スマートフォンアプリによる介入は、一般成人において血圧を低下させるか?」などの6つのクエスチョンを設定。国内外の研究論文を精査し、行動変容の介入として学会が推奨できるかを、5段階の推奨度で示す手法をとっている。

「この指針の特徴は、医療の世界で使われている『Minds診療ガイドライン作成マニュアル2020』を参照している点、また主な利用者として、サービス開発事業者ならびに健康経営企業や自治体といったサービスを導入する際の担当者を想定している点にある」と阿野氏。注意すべきは、「この指針は個別の製品やサービスを評価するものではなく、あくまで行動変容を促す介入法にどの程度のエビデンスが蓄積されているかを学会で整理したもの」と補足した。

指針で取り上げる介入法はデジタル技術を活用したものがメインになっている。ただし、比較的新しい技術であるものが多いため、「エビデンス不十分のため推奨を保留」との判断に至ったケースが少なくないという。こうした「エビデンス不十分のため推奨を保留」と判断された項目について阿野氏は、「AMEDとして研究を支援する予定である」旨も言及した。

現在、一次予防として高血圧、糖尿病、慢性腎臓病など7つの疾患領域、二次・三次予防として脂肪肝関連疾患など3つの健康課題を対象に指針作成が進められており、2024年度中には一次予防領域の7つの指針が公表される予定だという。

指針の作成と並行して、新たな研究手法の開発も

予防・健康づくり領域ではランダム化比較試験(RCT)のような試験デザインを採用しにくいという課題がある。さらに、ユーザーの行動変容が継続しないことも大きな課題であり、アドヒアランス(遵守)の問題が浮き彫りになっている。

AMED医療機器・ヘルスケア事業部ヘルスケア研究開発課主幹の阿野泰久氏

「ヘルスケアサービスを導入済み、あるいはサービスの導入を検討中の企業からは、従業員の労働生産性やQOLに対する有効性を示してほしいという要望が多い。また、自治体からは費用対効果や医療費削減への寄与を評価したいというニーズが高い」と阿野氏。そこで、AMEDではこれらをどのように評価するか、研究手法の開発も並行して進めているという。

指針については、信頼性の高い情報を提供するだけでなく、利用者にも分かりやすい整理を行い、継続的に活用してもらえる環境を整える方向だ。

「指針を利用していただかなければ意味がない。セミナーなどを通じて情報提供を行い、指針を活用できる環境を皆様とともに作りたい」と阿野氏は述べ、発表を締めくくった。

指針を市場成熟化につなげるには、
社会全体として認知を高める必要がある
――JaDHA・小山氏

最後の登壇者は、日本デジタルヘルス・アライアンス(JaDHA)の小山智也氏。JaDHAはデジタルヘルス分野の発展を目指す組織で、2022年3月に設立された。医薬品・医療機器メーカー、デジタルヘルスベンチャー企業、大手ICT企業など、100社ほどの会員企業で構成されており、デジタル治療の承認と保険償還の合理化、デジタルヘルスアプリの認証制度、診療報酬制度の見直しなどに関する業界提言を行っている。

「ヘルスケアに関わるアプリは多く存在するが、ユーザーにとって分かりづらい状況がある。10年後にはさらにサービスが多様化し、情報が氾濫することで選択が難しくなり、健康被害のリスクが高まる懸念もある」と小山氏は指摘する。

そこでJaDHAでは、は non SaMD(非プログラム医療機器)のデジタルヘルスアプリの適切な選択と利活用を促進するため、「社会システム創造ワーキンググループ」を立ち上げ、独自の調査を実施。デジタルヘルスの浸透状況について次のような課題が明らかになった。

  • 健康経営銘柄や優良法人を中心に導入は進んでいるが、中小企業や新たに健康経営を始めようとする企業では成熟度にばらつきがある。
  • 情報収集に多くの負荷がかかり、情報の整理や活用が十分にできていない。

「健康経営で成熟度が高いプレーヤーでも、一次情報まではアクセスできていない。中小企業では口コミに頼ることも多く、市場環境として必ずしも優良なものが選ばれているわけではない。指針が整備されることで情報収集の負荷が下がることが期待される」と小山氏。また、人事担当者が利用する情報収集サイトは、価格競争をもとにしたものが多く、「何かやらなきゃ、何でもいい」という意識で安易にサービス選んだり、既存サービスをそのまま使い続ける「買い切りモデル」が主流になっている点も問題として掲げた。

日本デジタルヘルス・アライアンス(JaDHA)の小山智也氏

今後は施策の有用性や投資対効果を重視する「ペイ・フォー・パフォーマンスモデル」への移行を目指す上で、指針が有効に機能するのではないかと見立てる。

「事業者がエビデンスを整備しても、ユーザーや支払い者が成熟していなければ、マッチングは進まない。団体として、社会全体で指針やエビデンスの重要性に対する認知を高める活動にも取り組みたい」(小山氏)

指針の活用促進と「みんなが健康になれるアプリ」のために

小山氏は、「今回の指針は規制ではないため、取り組むか否かが自由になる状況では意味がない。指針の活用を促進していくことが、我々に求められている役割だ」と強調した。また、AMED事業に対しては「事業者が適切な開発を進められるよう、医学的価値以外の観点についても支援をお願いしたい」と訴えた。例えば、ゲーミフィケーションの要素や費用対効果、投資対効果に対する支援を通じて、「我々としてもアウトカムの高いアプリを開発し、みんなが健康になれるような仕組みを構築したい」と言う。

「これまで玉石混交と言われてきたヘルスケア分野にも指針が整備されることで、需要と供給が適合し、好循環な社会変容を実現していくことができるはず。市場でエビデンスが価値として認識され、エビデンスに基づくサービスが普及する仕組みをともに作り上げたい」と小山氏。指針はサービスの提供側と利用側の双方の経営層への説得材料としても有用である点も付け加えた。

最後に小山氏は、デジタルセラピューティクスとして登場して約4年、iPhoneに搭載されて約10年と歴史が短く、その普及にはリードユーザーをコミュニティとして支援していくことも重要であると述べ、「ポジティブな社会変容を促進する一員として協力していきたい」と結んだ。